2011年07月02日

暮らしを続けること…

朝から小雨が降っていましたが、昼過ぎに雨は上がり陽射しが出ました。猛暑の一日ではなかったかもしれませんが夏らしいともまだいえないのは、梅雨がまだ明けていないからでしょうか。

明日、家族が旧居から果樹の苗木を含む植物をほとんど持ち帰ってくれるといってくれているので、楽しみに待つことにしましょう、と。以前住んでいたひとが植えたものに加え、咲いた枝を売り物にすべく所狭しと植えられたハナモモの木々…晩秋に葉が落ちたら移植すると植え主はおっしゃるのですが、どうなりますやら…の隙間を見つけて、植える場所を何とか見つけて植えてしまわねば。スイフヨウ、ハコネウツギ、コオニユリ(食用)、ニリンソウ、キバナイカリソウ、イカリソウなどの花木や山野草の類、ペパーミント・イングリッシュ・ブラックなど挿し木や株分けで殖やしたもの、プルーン、ネクタリン、キウイ、アンズなど実生で殖えたもの、リンゴ、サクランボなど買い求めたもの等々。

ひとつ前ともう一つ前の家はくだものの産地で、家の周囲やまちの中には果樹園が広がっていました。日々暮らすうちに、サクランボ、桃、柿、リンゴなどの果樹の美しいたたずまいを見たり、手入れの仕方を近所の方に教わったりして、いつかは果樹を植えて育ててみたいものだと思っていました。腰を落ち着けるつもりで旧居に引越したときに、稲作地帯の真ん中に住むならば、少しぐらい果樹の害虫や病気が出ても近所に迷惑をかけなくて済みそうだと、何本かの木を植えました。それが、原発の事故のあと、またまた引越すことになりまして。

新居は東電の事故を起こした原発から二百キロ以上離れています。距離はずいぶん離れていても放射線量が多く計測される「ホットスポット」があるかと思えば、福島県内でも距離は近くても比較的線量が低いところもあり、一概に距離が遠くなったから線量が低いとはいえないものの、地震の数日後に起きた爆発によって大量の放射性物質が大気中に放出され、以後、何処にどんな風が吹き、3/15に降った雨や雪によって空中を飛散していた放射性物質が何処にどのくらい落ちたかが、原発から比較的遠いところの線量にかかわってくる(と専門家はおっしゃっている)、ただし、原発の近くは、事故が未だに収束していないので、毎日漏れ出る放射性物質が日々加算されている可能性があるわけで、やはり遠ざかる方が被曝は少なくて済むはず、と考え、我が家は60キロよりは二百キロ以上離れて「現地でがんばらない」ことを選択しました。

当地へ引越す前には、例えば洗濯のり(PVA)を使ったこんな方法であらかじめ土壌の除染を考えようか、と思っていたのでしたが、何事も為さないまま先に住んでいたひとが植えたままのハーブを摘み、ペットの猫やニワトリたちをそのまま戸外に出し、好きなように歩き回らせています。あくまでも比較の問題だと思いますが、(水素)爆発以来三ヵ月半経ち、少なくとも引っ越してきた新居のあたりは様々にシミュレーションされた汚染度の地図を見ても爆発のときの放射性物質の飛散が比較的少なかったといえそうな…測る人がいないので数値が出ていないだけの可能性はあるのでしょうが…ところだし、その後毎日漏れ続けている分は、風向き・山の向きからしてもあまり届いてはいないだろう、と勝手に思い込んでいます。

北米でも、ヨーロッパでも東電の原発事故による放射性物質が検出されているということは、日本全国どこでもすでに事故による汚染のない「クリーン」な土地はないといえそうで、今後いったい何を食べ、どのように暮らしていったものやら、と。

新居の界隈はそれこそ山あいの平らな土地の少ないところで、果樹は無理やり植えたとしても今度は畑にしたり、借りたりできそうな土地を見つけるのがむずかしそうです。小さな菜園…趣味の菜園…が続けられるかどうか、今のところまだ目処が立ちません。そして、我が家の辺りにはシカやイノシシが出没するのだそうで、いったいどうなりますことか。
posted by くーろ at 18:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 近況 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。