2011年07月03日

続きをここで…果樹の苗木届く

水切れと、七時間に及ぶ車中の移動によって、ただでさえ小さくて窮屈な鉢に植えられた果樹の苗木等々がヨレヨレにしおれ果てて新居にたどり着きました。

さっそく水遣りを。車から降ろしたばかりのときは正直なところずいぶん傷んだかな、という感じがしましたが水遣りをしてしばらく経つと、葉は張りを取り戻して見覚えのある姿になりました。筆者が新居に来て以来旧居に置いてけぼりになったこれらの木々は約一週間の間に、あるものは花が終わって実が入り、あるものは枯れ枝がはっきりし、あるものは新しい葉を伸ばして見ちがえるほど大きくなっていました、たくましいものですわね。

今日は一日そのまま休ませて、明日以降植える場所を見定めて少なくとも梅雨が明ける前には定植してしまいたいもの。

水生植物たちもバケツの水をできるだけ抜かれ、花蓮、レンコン、クワイが来ました。これらは、湧き水の排水を水路に流して小さな池に溜めるようにと、以前の住人が作り、手入れをする人もないままに目下枯れている溝を復活させて、今は水のない池に水を溜め、そこに植えることにしました。その工事を早急にしなければ。

鉢物の水遣りや外回りの、泥を落とすなどのときなど、様々に使いまわしながら、水を流したいときにはその水ができるだけ滑らかな底を流れるように、滝のようにできるだけ早く目的地(池)につくように水路を整備すればいいらしいと。

☆  ☆  ☆

閑話休題。

あの3.11の二日後に作り始めたものの中絶したままになってしまっている言葉があります。それを、ひとまず尻切れトンボのまま公開しようかという気になりました。筆者は津波を体験していないし、被災地に近い割には停電・断水などにもみまわれずに済み、数々の余震はありましたが瓦一枚落ちることなくおおよそ普通の生活が続いてきました。

題名に「立ち上がる」とつけて、立ち上がるところまで続けるつもりでいたのですが。そして、3.11以来すでに四ヶ月近く経ち、我が家は移住という選択をして一応「無事」に新しい土地での生活が始まっているのですが。

目下、家族は旧居に泊り込んで片付けに追われ、我が家は自営業なので仕事の再開…慣れない土地で職探しをしなくても済む代わり、事業移転にかかる時間や費用は当然自前だし、何の保障もされないし、実際の仕事はまだ再開できてはいない…多分二週間以内には無理にでも始めないとセイカツが持たないですわよ!…は比較的容易なはずなのですが。

様々な理由で避難、もしくは転居した人々がそこに住み、暮らしていくためには、どこにいても「自分のいる所こそが自分の家」だと思うほかなかろうと。最初は無理にでもそんな風に思い込むことで、一本の立ち木、家のある決まった窓から見える空の色、あるいは近所のひとや飼い猫、お気に入りの風景等々に自分自身を見つけ、「うち」になっていかねば。

立ち上がる

営々たる幾代もの
にんげんたちの営みを下敷きにして
築き上げられたこの町が、道が
青黒い海の鉄壁に押し上げられ
押し流され入り雑じったまま積もり重なる

ひとは、営みは、予定は、思い出は

息を塞がれたもの
逃れることができたもの
九死に一生をえたもの
助け出されたもの
それが、だれであったとしても
多分そこに誰かの意思が働いたのではなかった。

ならば、ことさらに
生き残ったおのれを責めることはすまい
「偶然」を背負うのは、ひと一人の背丈には重すぎる。

何の偶然か、今ここに
投げ出されたかのように
置き去りになったかのように
すべて洗い流されたように
いのちひとつかかえて
立ち尽くす

この喪失感をどう乗り越えたらいいのか
この喪失感は、果たして乗り越えるべきものなのか
穴の空いたまま


※ この記事、より読みやすいように表現を少し改めたところがあります(8/4)。
posted by くーろ at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 近況 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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